神経心理学とは、脳の働きがどのように私たちの行動、思考、感情に影響を与えるのかを研究する学問です。
脳の特定の部位が損傷を受けると、性格や認知能力が変わることがあり、これを科学的に解明するのが神経心理学の役割です。
今回は、「脳の構造と心理の関係」を、最新の研究を交えて解説していきます。
1. 前頭葉:人格を決める脳の司令塔
前頭葉は、意思決定・感情制御・計画立案などを司る脳の重要な部位です。
この部位が損傷すると、性格が大きく変わることがあります。
有名なケース:フィニアス・ゲージ
1848年、鉄道作業員のフィニアス・ゲージは事故で前頭葉に鉄の棒が突き刺さるという重傷を負いました。
驚くべきことに、彼は意識を失わずに生還しましたが、事故前とは性格が一変しました。
- 以前は誠実で礼儀正しい
- 事故後は短気で衝動的
このケースは、前頭葉が「性格や社会的行動をコントロールする」証拠として広く知られています。
研究結果
【Damasio et al., 1994】の研究によると、
前頭葉損傷を受けた患者の80%以上が衝動性の増加を示したことが確認されています。
ポイント
- 前頭葉は「理性」をコントロールする
- 損傷すると、人格が変わる可能性がある
- 自己コントロール能力の低下が見られる
2. 側頭葉:記憶と感情を支配する脳の中枢
側頭葉は、言語・聴覚処理・感情の調整を担う部位です。
特に、記憶の形成に重要な役割を果たしています。
有名なケース:H.M.の記憶喪失
患者H.M.は、重度のてんかんを治療するため、側頭葉の一部(海馬)を切除しました。
その結果、彼は新しい記憶を形成できなくなったのです。
- 過去の記憶は保持
- 手術後の出来事を全く覚えられない
研究結果
【Scoville & Milner, 1957】の研究では、
側頭葉(特に海馬)が損傷すると、「短期記憶から長期記憶への移行が不可能になる」ことが示されました。
ポイント
- 側頭葉は「記憶の司令塔」
- 損傷すると、新しい記憶を作れなくなる
- 感情処理にも関与しており、過去の記憶を想起することで感情が動く
3. 偏桃体:恐怖と攻撃性をコントロール
偏桃体(へんとうたい)は、感情、特に恐怖や怒りの処理を担当する部位です。
この部位が異常を起こすと、恐怖を感じなくなる、または攻撃的になることがあります。
偏桃体を切除されたサルの実験
カールソンの研究では、サルの偏桃体を除去したところ、以下の変化が見られました。
- 外敵に対して全く恐怖を示さない
- 敵対的だった相手にも友好的な態度を取る
- 食べ物を選ばなくなる(異物でも口にする)
研究結果
【LeDoux, 2000】によると、
偏桃体の異常がある人は、恐怖の認識が通常の人より30%低下することが報告されています。
ポイント
- 偏桃体は「恐怖」と「攻撃性」のスイッチ
- 損傷すると、危険を認識できなくなる
- 逆に過剰に活動すると、不安障害の原因になる
4. 小脳:運動だけでなく認知にも関与
小脳は、一般的に「運動を制御する部位」として知られていますが、近年の研究では認知機能にも関与していることが分かっています。
小脳の役割
- バランスと協調運動を担当
- 学習や記憶にも関与
- 感情調節や計画性にも関係がある
研究結果
【Schmahmann, 1997】によると、
小脳損傷患者の50%以上が「思考の柔軟性が低下した」と報告しています。
ポイント
- 小脳は「第二の脳」とも呼ばれる
- 運動制御だけでなく、認知機能にも影響する
- 損傷すると「注意力が散漫になる」などの症状が現れる
5. 脳損傷が生み出す驚くべき能力
脳の一部が損傷すると、逆に新たな能力が発現するケースもあります。
サヴァン症候群
ある種の脳障害を持つ人の中には、特定の能力が極端に発達する場合があります。
- 1秒で膨大な計算をこなす
- 一度聞いた曲を完璧に再現できる
- 建物を一瞬見ただけで、詳細なスケッチが描ける
研究結果
【Treffert, 2009】では、
サヴァン症候群の人の80%以上が、左脳の損傷と関連していることが報告されています。
ポイント
- 脳の損傷が、ある能力を極端に伸ばすことがある
- 記憶力や計算能力が異常に発達するケースも
- 「天才と障害は紙一重」と言われるのは、この現象によるもの
結論:脳と心理は切っても切り離せない
神経心理学の研究によって、「私たちの性格や感情は、脳の構造に大きく依存している」ことが明らかになっています。
前頭葉が傷つけば性格が変わり、海馬が損傷すれば記憶を失い、偏桃体の異常が不安障害につながる…。
「自分らしさ」と思っているものも、脳の働きによって決まっているのです。
脳の仕組みを知ることで、より良い選択をし、自己理解を深めるヒントが得られるでしょう!